クリッパー1月号、USニュースの番犬というコラムで。
インディアナ州上院議員候補リチャード・マードックの発言だそうです。
このコラムを書いている町山さんは、これを神の予定説に基づく考え方と解説している。
しかし、神の予定説とは、天国に行けるひとは最初から決まっていて、別にいっぱい良いことをしたから天国に行けるというわけではない、と言うこと。アウグスチヌスの最重要思想の一つで、宗教的に洗練されたひとなら特に異論はないはず。
もし「レイプもまた神の意志」という考えの根拠をキリスト教思想にあえて求めるなら、それは神の作った世界はいつも最善であるという楽観主義が、それにあたるだろう。しかしこれは苦しんでいるひとを見捨ててよいという意味ではない。
キリスト教哲学の教父であるアウグスチヌス自身が、レイプのときは堕胎もOK!としており、この問題は始まりから決着がついている。いったい何故いつまでもこんなことが繰り取沙汰され、キリスト教に不名誉な言説が流布されるのか?
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