2011年1月27日木曜日

清貧の思想

清貧の思想は93年のベストセラー。
最近思うのは、清貧は資産家のライフスタイルだということ。
働かなくても生活できるから、あくせくするのがはしたなく感じるだけ。

資産家の清貧は、プロレタリアの赤貧を招く。(たぶん)
正社員で相応の役職についていて、
一日12時間、週6日労働、手取りで30万くらい。これ、リアルだよね。
子供がいれば生活保護を受けている、かな。

だけどべつに企業が搾取しているわけじゃない。
この程度の生産性しかないだけで、それでは企業としての存在価値がないと断じても他の仕事なんてないのが現実。





ガサラキ雑感

食糧自給率40%の日本に穀物輸出全面停止したアメリカ合衆国。

このままでは日本人は餓死してしまう!

超大国アメリカに一矢報いんと、日本の全金融資産を使ってアメリカ経済を停滞に追い込もうと企てるおじいさん。

「そんなことをすれば、日本経済もまた破綻してしまう!」
「然り。しかし日本人なら3年は耐えられても、アメリカ人には・・・」
「1年とまたずに暴動が起こるでしょうね。」

・・・日本人我慢強いよね。

日本は堂々と経済成長の階段を降りるのだ!と清貧の思想を説き、輸出モラトリアム解除のカードを大統領から引き出すと、全面武装解除であたらしい国際協調の道筋を示す。

こういう考え方はだぶん非現実的以前に間違っているのではないかと最近思うようになりました。




2011年1月25日火曜日

常設展の草間彌生

ラメの花の絵があるのですが、これはあまりよくないと思いますね。
デザインとして洗練されると、絵としては面白みが無くなるのか、と思いました。

絵のなかの花

松本市美術館では常設展で絵のなかの花という特集をしていました。
気に入ったのは、北野太郎さんのたんぽぽの小径。
かなり大きな絵なのですが、紙に水彩絵の具、という親しみやすい道具立て。
でも私が小学校で描いたのとはぜんぜんちがって、きれいな色。
鉛筆の輪郭とかない。どうやって描いたのかしら?
近づくと大雑把な感じなんですが、離れてみると写真みたいにきれい。足もとのたんぽぽやら雑草を描いているのに立体感があってイリュージョンを感じます。


立ち寄った時間帯、たまたまだれもお客さんがいなく一人でじっくり鑑賞できました。
係のひとが私のルートを先回りして見張って?いたので、VIPになった気分。
御付きの方々、おつかれさまでした。


松本市美術館の草間彌生

松本の自然の中に置くとちょっとよいかも。
遊園地のたこ滑り台を思い出す。
ダンシングカボチャも黄色のやつは気に入った。
無限の網の絵がオーソドックスながら一番芸術くさい感じで楽しめました。


2011年1月22日土曜日

ライヒのテヒリム


初めて聞いたときは感動してひとに勧めたりした。
改めて聞いてみると、録音がいまいちかな、と思ったり。
現代音楽ではあまり演奏がいいとか、曲の解釈がどうという話はでてこないが、やはりいろいろな演奏があっていい。もっと演奏される機会が増えるといいですね。

フラクタルのサントラ

アニメ「フラクタル」。サントラがいいですね。
このシーンではライヒのテヒリム風の曲が使われています。
なぜこのアニメがフラクタルというタイトルなのか未だ分かりませんが、ライヒはフラクタルと言えばフラクタルかも。
名作劇場的アニメに使用されるとは思いませんでしたが、なかなかよいですね。
ライヒはもっといろいろな演奏があっていいと思っていたので、似たような曲でも歓迎です。

2011年1月15日土曜日

夢を見る機械 父帰る

ロシア映画。アンドレイ ヅビャギンツェフ監督。
象徴的なイメージに満ちた映画で、見ながらこれは夢を見る機械のような映画だなあと思ったことを憶えている。
夢を見る機械はヴェンダースの映画にも出ている。ムーンライダースの歌にも歌われているが、この映画を見るまではそれがどんなものなのかよくわからなかった。

ラースのアンチクライスト

2月末に上映されるそうなので、備忘。
しかし映画をみるために3時間半車を運転するのはきついなあ。
ラースについては今は特に言うことはない。
「奇跡の海」が印象深いね。
「ドックヴィル」もいいけどね。「キングダム」はよくわからなかった。あれは完結したのでしょうか?


今日「アンジェラの灰」を見てたら、何となくラースにたどり着いた。

大分県で灰色オオカミの輸入?

鹿やいのししの駆除のため、大分県で灰色オオカミを輸入して放すことを検討しているそうな。
地域の固有種を守ろうという動きとは真逆で、実現すれば日本オオカミの絶滅は確定。(もう絶滅済みですか?)
もっとも固有種保護は厳密にやろうとすると、例えば蛍の通信販売も出来なくなる。地域によってDNAが違うからね。
他にもオオカミが鹿やいのししのみを捕食するとは限らない。
なにか他の希少な動物を絶滅に追い込むかもしれない。
そうでなくても、肝心の鹿やいのししをあまり食べないということはあり得る。
天敵を移入して害獣駆除しようというアイデアは多いと思いますが、うまく行った事例はあまり聞かないですね。
むしろ思い通りにいかず、困り者になることがほとんどでは?
ハブにマングースも、実際にはマングースはハブを捕食しませんでした。


2011年1月13日木曜日

リアルアンビエント

環境音楽を聞いているとき、生活音と曲が混ざって一つの曲になるときがある。
ふと気づいて、スピーカーに耳を寄せると音がない。
換気扇による部屋自体のうなりが背中から聞こえてくる。
録音がいいからサラウンドで聞こえてくるのかと思った。

afplay 雑感

ターミナルでafplay を使って聞く。
i-tuneやplayに比べて音がよく聞こえるのは、音だしの際音量が少し大きいからではないか?
と思いちょっと絞ってみた。

・・・小さくてもくっきり聞こえる。
やはり最低限この程度の音質は確保しないと、つらいなあ。

代替の候補としては、オンキヨーのipodトランスポートに強化電源。
予算内だが音に不安。
もう聞かないで買う勢いはない。
手堅くいくなら、wadiaのipodトランスポートをカンタービレチューン。
音は確かだが、予算オーバー。

このまま悩みながら1年過ごすのかしら。


2011年1月10日月曜日

ガサラキ

アタカ大尉。
なんだか、エバンゲリオンの桂木ミサト?に似ているなあ、と思いました。

ボトムズは爆音ともったいつけた雰囲気だけ。ダグラムは戦場のエピソードがくだらない。
昔夢中になって見てたはずなんですが、歳をとったということでしょうか。

2011年1月9日日曜日

誰もが、何か言いたくなる、映画

ダウト という映画。
生徒にいたずらするホモ野郎では?と、フィリップシーモアホフマンの神父を、メリルストリープ演じるシスターが追及する、もやもやっとしたサスペンスだ!


証拠なんかなくても見た目でホモの幼児性愛者と分かるという主張には、まったく恐れ入ります。

会話中心でちょっと難しい映画だったが、借りたディスクに傷がありうまく再生できなかったこともあり、3回くらい続けて見てしまった。
まず吹き替えで、しかし吹き替えだとメリルストリープの演技のニュアンスが変わってしまうので、さらに字幕で見ることをお勧めする。

わたしは2度目はランダム再生で見たのだが、シーンの脈略がなくなるため一つ一つの映像の意味が浮かび上がって分かりやすかった。
映像特典に監督の解説つきで鑑賞というのがあり、これも映像の凝ったつくりの解説など楽しめるのでおすすめ。

とくに面白い映画ではないが、なぜが飽きずに繰り返し見られる不思議な映画だ。
まあこれだけ見ればレンタル料の元はとった。

わたしはこの映画を見ながら「ねじのひねり」という小説を思い出していた。
独身の女家庭教師が、教え子の子供を守るため幽霊と戦うというお話だ。
メリルストリープ役のシスターにこの家庭教師を重ね合わせた。

世俗化された神父と厳格なシスター。黒人の子供と白人の神父。同性愛者と戦争未亡人。社会の新しい価値観の台頭と伝統的な教会。
いろいろなテーマを切り取ることができる映画で、検索すると地味な作品なのにレビューが多い。
みんな、何か言いたくなるんでしょうね。

2011年1月6日木曜日

夫婦別性について

20年前は、夫婦は別性でも、子にはどちらかの姓を名乗らせれば問題ないと思っていた。
ちなみ、互いの姓を半分ずつとって新しい姓を子に与えるというアイデアにはノーである。

で、今の考えを述べると、
夫婦別性を制度化するのは反対。これについてコンセンサスを形成するのは無理だろうとも思う。
事実婚において差別的な待遇や不公平が生じないようにすれば十分である。
もっとも今後事実上の重婚とか、いろいろ生じるだろうが、基本的には当事者同士の問題だろう。
個人的には事実上の重婚関係はok!です。

2011年1月5日水曜日

映画名人

ちなみに、群像劇として気が利いているなあ、思わせるのはロバートアルトマン。
うまい!と唸らせるのはポールトーマスアンダーソン。
アルトマンのゴスフォードパーク、PTAのパンチドランクラブが好み。

高い山の映画

デプレシャンで一番好きなのは、『二十歳の死』。
この『クリスマス・ストーリ』も親子の和解、死と再生を扱ったもの。
印象の鮮烈さでは『二十歳の死』に及ばないし、群像劇として気が利いているという感じでもない。うまい!と唸るところも無い、と思う。が、デプレシャンの映画だなあ、と見ながら色々考えてしまう。

遠く名古屋まで車を駆って行ったので、その分面白さが倍増したのだろうか。
やっぱり好きですね、デプレシャン。

トリフォーの再来と宣伝されているそうですが、どちらかというとロメールを意識した題材選びをしているような気がします。

2011年1月3日月曜日

afplay 飽きた

トラックごとに指定して再生するのが面倒。
アルバム単位で再生できれば文句ないのですが。
まあこのレベルの音を再生できる、そこそこの機器を探そうと思いました。
お金をだしてこれより悪いのは勘弁ですね。

2011年1月2日日曜日

PCオーディオ入門

とりあえずPCを移動してCDプレイヤーにつないでみた。
なにしろ現状CDだと4曲目までしか演奏してくれないので。

・・・どうやって音出すんだろう?
i tune! ええっと、アプリはどこから呼び出すのかな?
記憶を呼び覚ましながら作業。

で、音だし。
・・・どうやって音出すのかな。
トスリンクのつなぎ場所が違ってたみたい。
ヘッドホンのマークに差すと、すぐ出た!


おおっ!しょぼい。
ミュージックバードのほうがよかったなあ。

がっかり感の中、i tuneの音が悪い。playというフリーソフトを使うと改善するとの記事を発見。
早速ダウンロード。

で、試聴。おおっ!

よいではないか、よいではないか!


明瞭でメリハリが出た。ん、音が大きいからか?
音が大きいとよくなった様な聞こえに感じる。

夜中でもあるので、CD側でボリュームダウン!
まあ、よくなっているのは間違いない。

で、続けてmacOSのafplay という機能を試す。フェーズテックという会社のブログなど参考に。
ネット社会に感謝。先達の教えなしにこの領域に踏み入ることなど適わなかっただろう。

初めて、ユーティリティのターミナルという機能を触る。
ドキドキ・・・
音がでかい!

またボリュームを下げたが、音はさらに明瞭、パキパキである。
afplay −qというメモリバッファを利用した高音質化機能は使えなかった。
私のOSが一つ前のバージョン、レパードだからだ。
しかし、このコマンドの為に・・・
いまさらスノウレパードにアップグレードするのもしゃくなので、これで十分よいことにする。

とりあえず、afplayで聞くのが一番いいようだ。
これなら趣味として音楽を楽しめると感じた。
しかし、使い勝手は限りなく悪いので、今後どうするかは課題として残った。
今後のシステムについて、最低限の音質基準はつかめたのかなと思う。

とりあえず、フィリップスのCDプレイヤー、LHH300Rは延命。