いままで読んだことはなかったのだが、タイトルが気になって。
論旨は、individualの訳語としての個人という考え方は日本文化には馴染まないので見直そう=改憲しようというもの。
論説では安易に西洋=個人、日本=共同体の一員という図式を置いているが、ヨーロッパでも歴史の始めから今の個人という概念が成立していた訳ではない。そもそも聖書の「世俗につながりを憎まないものは私の弟子ではありえない」という語をひいて、個人という概念は日本では違和感があるとしているが、この文は出家しろ、くらいの意味で仏教国日本にあっても理解できる内容。決して西洋の特殊性を露にするところではない。
個人という概念を見直したほうがいろいろすっきりすると言いうが、要するに人権を制限したいということだろう。人権意識の無い人に個人という概念は日本では馴染まないから捨てようといわれても、少し自分で勉強したら?としか言いようが無い。
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